RK語録28 2009年11月のツイッターより

多方面的に考えることができるようになったことは喜ばしいが、全てを可視化しなければ玉虫色になるだけだ。その時間がかかりすぎる。
結局20代の時に40代の上司を馬鹿にしがちな理由はこれかもしれん。非常に矮小なことで迷っているように見えがちだ。
こちらは最も効果のありそうな事をストレートに試したいのに、様々な条件が絡んで結果が見えないとか、ありがち。
その、様々な条件を絡ませたのはどこのどいつだ、的な応酬が上下間であったり。
最近の自分はゆるいなー、どこかで苛ついて会社辞める奴とか出てもおかしくないのに、と思い始めるのが30-40代の短気癖のはじまりかもしれん。(by元電話番)
前の会社のサポートで、電話口でぶちきれるのは30-40代と決まっていた。20代と50代以降はそんなことはなかった。年代なのか、世代なのかはわからないが。

 

絶対使わない機能がたくさん付いていて反吐が出る>最近のケータイ。機能削除機能が付いていたら買うのだが、そんなケータイある?

 

叱り方。それは永遠の課題だ。今のところ思うに、つらい結果に終わったことは、次の会社で役に立つというケースが凄く目立つ。叱られた人と居たくないというただそれだけの理由で。正直、どうしてもそれは仕事全体に差し支える、という私個人の主張以外はぶつけたくない。
どちらかっつーと、突き放し主義。スケジュール・〆切以外は。
今の私より若い世代は、ますます自分に自分の言うことを聞かせられないようになっているように見える。大学で弛緩しきって理性が退化しまうのかもしれない。

 

組織というとV字かウォーターフォールを思いつくのだが、、、うちはアジャイルだぜ!って自慢でもなんでもないから。大抵の場合。

 

ChromeOSは、なんというか、でる前から、たぶんこうだろ、と思っていた結果に終わった。

 

なんか、フォローアの人で1~2時とかまで働いている人を見ると気の毒になる。東京の、この汚い空気を吸いながら、よくそんなに起きていられるなあと思う。
昔、月の第一週に50%ぐらいの確率で38度の熱でぶっ倒れるということをくりかえしやっていたが、月末の追い込みからの解放と喫煙可の職場が原因だった。と思う。
現在の禁煙かつあまり忙しくない職場に移ってからそれほどではなくなったが、難航プロジェクトがマスターアップしたまさにその瞬間から熱が出て病院行きになったことはある。
職場から病院が近くて、かつあまり混んでないのは嬉しい。という病院好き。

 

取れるか取れないか相手への気の合わせよう次第の案件なんて、どうでもいい。そんなの心の足しにならない。みんなの創意工夫のある頑張りがメタな成功に繋がらなければ、幸せなんか感じられない。

 

ところでtwitterやって初めて気がついたんだが、みなさん呟き読んでいるときにどんな内なる声で読んでます?
いや、フォローしているのが今50人を超えている分けだが、みなさんの呟きを黙読するときの内なる声が、全員違うことに気がついたんですわ。
一方で、面識のない人はアイコンや呟き内容から声を類推している。
いちいちコンテキスト切り替えると脳が疲れちゃうので、だいたいは、男声、女声で1つデフォルトがあってそれを使うんだけれども、どっちも自分の表に出る声とは違う。

 

フォローいただく人にAndroid系の人多い。Androidの流れに乗れなかった時点で、俺のLinuxオワタ気がするんだが、、、

 

プログラムから上げていっても、設計から下げていっても、自分だけのアイデアは一瞬で飽きて、途中で止まる。誰かと共有できて初めて存在意義を保てる。という気がする。そういう私には会社は便利な存在。

 

英語ができないがゆえに2級世界市民という流れは今後も変わらないのだろうか。一時的に中国語が氾濫するかもしれないが、単に人口が多いからであって、その後にインドがすぐ続いているしなあ。…IT業界に身を置いていることから来る私の、特殊な考えだろうか。