元さるさる日記 2001年

2001/07/08 (日) まじめにほげほげな日記 オープン

まじめにほげほげな日記 がオープンしました

 

2001/07/08 (日) [01] まじめによみな

あーあー、てすてすてす。

…。
……。
というわけで、斜め前のわたーから紹介された日記専門サイトに移転してみました。

以前のページからリンクを辿って来た方ならご存じかと思いますが、僕の本職と趣味は Linux ということになっています。一度思い込むと平気で何年も突っ走ってますんで、当面は Linux な生活です。このページでもあやしー裏情報(?) はないですが、関係者の了解をとった上での裏情報は出すかもしれません。
…といったことは殆んどなく(おいおい)、健全で独善的な衝動の迸りをお伝えしたいと思います。

で、なんでこのページに移転したのかといいますと、新しく某所で発掘したウェブページ更新支援プログラム使い、ローカルにつくったディレクトリにページをすべて持ってこようとして走らせたら、
「ページ消えた」
からです。で、室長より一言、
「マニュアルに書いてあると思いますよー。」

どうやらそれはそのプログラムの
「デフォ」
の動作だったらしい。

よくよく考えると、新しくつくったこちらのディレクトリの方が、今あるページの入っているディレクトリよりも新しいので、そう処理するのは正しいようでもあったり。

「うがー。」

…。
……。
というわけで、
「マニュアルは まじめに読もう ほととぎす。」
を今回の教訓としたいと思います。撃沈。

 

2001/07/09 (月) [02] まじめにセンチな

RK は某Linuxディストリビューターに勤務しているのですが、(公然の秘密というやつです) 今日は今度発売になる某Linuxディストリビューションのパッケージが届きました。
開口一番、

「がはははは」

うーむ、受け狙いすぎ。某ウイルス×ターみたい。

…普通になったね。Linuxのパッケージも。
RK は PowerMac で Linux が動くようになるのとほぼ同時にLinux 始めましたが、それと比べるとえらい遠いところまで来たように思います…

ちょっと撃沈されちゃった気分です .(^^). (どーゆー気分じゃい)

 

2001/07/10 (火) [03] まじめに仕事しような

あーあー、本日は、、、仙台は曇りっす。

最近は開発が一段落ついているので、追い付かないでいた諸々のことを済ませようと躍起になっています。で、やっぱり忙しいです。

うみゅー、2ch の風にのせられて、K の掲示板始めて見た。
うわー、代表がお客さんどついてるー (-.-;
喧嘩してるー。そーか、やっぱり僕の環境がおかしいわけじゃなくて発売直後に www.k<ぴー> は 3 日も落ちていたんかー、いや困ったね。

…。
……。
いいのかなー、大丈夫かな大阪。
# うむ、無職になったときに大阪に履歴書おくらんでよかった…

うちも逆切れするお客さんいるけど、とりあえず「お客様」として対応すればよいのだから気は楽だよね。

今回の開発であまりにも命削ったので開発をオープンにすることも考えたけど、オープンにしてもこーんな変なやつがいるならもうちょっと考えようと思い直した掲示板でした…。

ちょっと疲れているかな、というとき、挫けそうになる度に、俺が東京を離れたわけを考える。

それが、喧嘩や諍いに程遠いところにある僕が、最も厳しく現実を見て、魂を奮い起たせる瞬間。
この気持がある限り、僕は自分に負けるつもりはない。

んだけど、結構病気になって撃沈したりするんだよねー。だー。

 

2001/07/11 (水) [04] まじめにいきたいな

今日はまじめにいかないですー。

仙台にいると、東京のセミナーとかでられなくて困ることがあるけど、仙台で東京並の Linux のイベントが 27 日にあるみたい。

http://www.oadg.or.jp/news/news2/notice/semi27.htm
とまあ、結構いろいろな人が来るわりには無料とあって、私の友人知人は粛々と会社お休みの準備をしています (笑)。

ところがだ、肝心の僕が厳しい。
室長に許可をとってから気が付いたのだけど、当日は大事なイベントが会社であるのだ。せっかくなので、なんとかやりくりして出たいところ。

閑話休題。

最近思うこと。「ミスをせずに仕事をすることは難しい。」

元々僕は一日に必ず一つ以上はミスをする人間である。その発生の仕方は、プロ意識とかそういったものを超えているように思う。
運に近い。それを自覚しているため、今日のミスは明日直せる職業につかなければ食っていけないと開発という職業に進んだように思う。
ところが、今の職場でも取り返しのつかないミスをすることがよくある。
それも、僕がするならまだわかるのだが、他人のミスをどう扱ったらよいのか困っている。どーも、似たような人が多いらしく(笑) 他人が見たら、信じられないふざけたミスをみんな平気で起こしてしまうのである。お客さんに怒られるのはほぼ100%、そういったミスを突いたものである。これを減らしていくのは、平時の不断の努力による業務のマニュアル化が必要であることは言うまでもないのだが、それが苦手な人間が多くまた忙しいのでなかなかミスを減らすことに時間がとれない。
僕はといえば、マニュアル化してもその意図がわからずストレスが溜るのだけは避けたい、そんな会社はだめだめ、と思っている筆頭だったりして、相変わらず同じミスをしてはぐはー、としているような気がする。そんな僕の持論は、業務の効率化は人間を規律することではなく、自動化によって空いた時間をチェックに使うなりして達成すべきというものだが、システム構築は時間がとられるので危急にやらねばと思いつつ…

ああ、もう。
ともかく、こつこつまじめにいくしかないのだろう。

 

2001/07/16 (月) [05] まじめには不思議な

週末は休暇を1日とって青森に友だちと旅行に行ってきました。
そのため、日記をお休みしました。

一日目 (7/13)

仙台から新幹線。盛岡からはつかりに乗る。485 系 3000 番台はとても 485 系とは思えない装い。12月に予定されている八戸までの新幹線延長の折には いなほ などノーマル 485 が残る地域への転用になると思われる。ただーし、盛岡から青森は遠い。だれ〜る。

仙台から青森へ来たらかなり涼しいのに、ラジオでは今日は暑いっすー、と言っていた。同じ人間なのにこうも感覚が違うとは (^^;
ともあれレンタカーを借りる。最初っからいきなり白神山地へ突入するが、途中通行止めで敢えなく引き返す。そのかわり岩木山を回って最初の宿泊地、鯵ヶ沢へ。岩木山に入ったと途端どしゃ降り。
岩木山は大いなる壁らしい。

津軽ネイティブの某7氏は、あじがさわに温泉があること自体知らなかったらしいが、ともかく立派に温泉は存在する。ただーし、料理は多すぎて温泉はしょっぱい。うにとかにといとうが食べられるのは良いのかもしれないけど、全部食べたら撃沈しそうになったっす。

二日目 (7/14)

今日の目的は十三湖。そのまえに、昨日行けなかった十二湖の代わり、というわけではないが、くろなんちゃらの滝というのを見に南下して、それから北上することに。十三湖の回りには遺跡やら城閣やらが沢山ある。三日目に三内円山遺跡へよることになるが、このように昔の遺跡が多いと、まだまだ歴史に残らない謎が日本にはかなりあるように思う。

[…後半へ続く]

 

2001/07/25 (水) [06] まじめにかわいーな

十三湖からやまなみの道を通り津軽半島を横断する。途中で海峡線に出会う。新幹線を通すことを考えて作ってあるだけに、殆んど新幹線と同じように見えるが在来線である。ただし、海峡線と青森を繋ぐ津軽線のほうが単線なのが不釣り合いだが、将来は海峡線と津軽線の接合部まで新幹線を新青森から伸ばすので津軽線の方に手をつけて
いないものと思われる。
なお、前日に新幹線の高架橋が盛岡から八戸まで繋がったというニュースを青森では報道していた。八戸以降の新青森までの区間はまだなにも手をつけていないように見えるが、実際には八甲田を貫通する八甲田トンネルには着手しているそうである。(これもテレビでやっていた。)

青森市街で昼食をとり、さっさと下北半島に移動する。レンタカーについていたカーナビはマニュアルもなく使用できないようになっていたが、とりあえずあれこれ調べて動くようにしてしまった(笑)ので、使ってみる。まぁ、リモコンがないので、単なる位置表示器にしかならないがずいぶん楽になった。

下北への道は野辺地から一本。途中右左とカーブはないのだが、上下にうねりがある。六ヶ所村は工業地帯らしく、小川原地区はダンプが沢山走っている。陸奥横浜を過ぎるとたいぶ静かになった。

むつ市街に入る。つい最近廃止になった下北交通の路線がまだカーナビには残っている。途中配線跡を通るが、まだそのまま使用できそうな程であった。つまり、横切った盛土区間を見た限りでは、完全に放置されていた。

まだチェックインには余裕があるので、恐山に登る。思ったよりも市街から距離があった。硫黄の臭いが鼻腔を刺激する。恐山信仰があるわけではないが、日本三大霊場は伊達ではない。回りは青々とした釜臥山とその連山、その中に地獄がポッカリ顔を出している。

ちなみに買ったおみやげは「恐山」湯飲み。
うーん、僕の「きゅーと」という基準は壊れているような気がしないでもない。

このあと釜臥山の展望台に向かうが既にかなり遅い時間で上の展望台は閉っていた。立ち入り禁止の防衛庁専用道路がとなりの頂の観測所に繋っている。ここが要衝だということが一目でわかる。

[…すんません、更に続きます。]